生きるということ


どうも。

 

今日人と話してて、「生きる意味」みたいなのが話題になったんで今思うところを書く。

言っとくけど、あくまで「現時点のおれ」が思っていることであり、明日になれば人生観が180度変わることもありうる。その程度の曖昧な話だ。

 

「生きる」ということを考えるのは、単に「生命を維持する」ということだけでは語れない。

人間として生きている以上、倫理観や宗教観も加わってくる。

 

このうち「宗教」については、今現在世に出回っているものについては120%否定できる。

これについては別のコラムで述べたいが、おれを信仰させうるに足る宗教は今のところ、存在しない。

 

なので、「生きる」という意味において、おれのなかに宗教観はない。

 

で、肝心の「生きる」ということについてだが、おれはマクロ的な視点よりはミクロ的な視点を重視する。

 

どういうことかというと、われわれ人間を含む生物のおおもとは炭素である。その炭素がアミノ酸を形成し、それが集まってタンパク質となりそれが細胞へと…といった具合である。

要はおれたちは炭素原子(水分も含むが)の集合体なのである。

これはアミノ酸と言い換えてもいいし、タンパク質でも細胞でもいい。

しょせんその程度の存在なのである。

 

考えてみて欲しい。

手の先を包丁で切っても指の細胞はそのまま指の細胞として再生するし、肺や心臓やその他の臓器は自分が意識しなくても勝手に動いてくれる。

 

そこでだ。

 

あなたが今思考している脳。脳細胞。

これは他の細胞と違って特別な存在だと言い切れるだろうか?

「そんなことはない。脳とは別に心(ソウル)は別にある」というあなた、あなたは酒を飲んで愉快になったり不快になったりしないだろうか?

アルコールは脳に作用する物質である。

心が別のところにあるのなら、なぜ脳に作用する薬品であなたの感情が左右されるのだろうか?

 

おれが言いたいのは、足の爪から脳まで、全部細胞の集まりであり、それらは個々に機能しているだけだってことだ。

 

たとえば、あなたが見ているこのブログの画面、文字、それらはどうしてそうやって見えているのだろう?

それは、目から入った光を脳細胞で識別し、過去に学んだ文字認識と照らし合わせ、おれが書いていることをそのままあなたの脳内で変換していることに他ならない。

おれとあなた、何もインターネット越しだけではなく、リアルで接している人でさえもこの束縛からは逃れられない。

 

そういうわけで、おれもあなたも儚く、脆い存在なのである。

 

続きはまた次回。

 


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