生きるということ2


どうも。

 

前回はミクロな視点から語ったので、今回はマクロな視点から見てみよう。

神という存在がないとすれば(少なくともおれの知る限りはいない)、宇宙の成り立ちはこうだ。

 

なにかのはずみで全くの無から宇宙が発生し、

なにかのはずみで水素原子が生まれ、

それらが融合して様々な物質を形成し、

それらが集合して星となり、

太陽という恒星の周りに惑星が集まり、

たまたまいい塩梅の位置に地球が位置し、

地球の中で「水」が液体として存在し、

水のなかで有機物が進化し生命となり、

幾度もの大量絶滅を乗り越え、

たまたま「ヒト」という種が今存在する。

 

それだけのことだ。

 

その「ヒト」という概念にスポットを当てると、

 

最初はサルに近い極めて原始的な存在で、

それが知恵を付けて道具を持ち、

やがて文明を形成し、

戦争やら圧政やら幾度もの不幸な歴史を繰り返し、

たまたま、比較的安定した現在がある。

 

そういうことだ。

ここで大事なのは、たまたま・偶然・今この世界にあなたがヒトとして存在しているということである。

 

もしあなたが戦乱の時代に産まれたら、

もしあなたが北朝鮮やシリアに産まれていたら、

もしあなたが生後数日で命を落とす難病で産まれていたら、

もしあなたがミミズとして産まれていたら、

 

「生きる」ということに疑念を持つ余地があるだろうか?

 

あなたは世の中を変えるために産まれたわけではない。

他人を幸福にしたり、不幸にするために産まれたのでもない。

 

「生きる」ということは、存在するためだけに意味がある。

 

おれの結論はこうだ。

 

ではまた。

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください