アナタハカミヲシンジマスカ?④


どうも。

 

過去3回の記事で「神が人間を作り給うた」のではなく、「人間が神を作り給うた」ということがお分かりになったと思う。

 

まあおれからしたらこの世に神がいないのは、ウルトラマンやゴジラが実在しないのと同じぐらい当たり前のことだ。

おれが知りたいのは「なぜ、いもしない神様を人々は信じ、崇めるのか?」ということに尽きる。

 

分析その1。

自分の力の及ばない事物に畏れを抱くとき。

原始人を考えてみればわかりやすい。

文明も何も持たない彼らにとって、夜は恐怖の対象であり太陽は安らぎを与える存在であった。

火は夜を照らす反面、森を焼き尽くす。

そういう自然現象のすべてが彼らにとって畏怖の対象であったのだ。

こうして彼らは畏怖の対象を「神」として崇めるようになる。

これはわかりやすい。

 

分析その2。

周囲の影響。

たとえば両親や生活するコミュニティーに信者が多い場合だ。

生まれてこのかた、両親や周囲から「神様神様」吹き込まれてたらそういう風に育つだろう。

要するに洗脳だ。

 

分析その3。

ある者が「神」や「神の使徒」を自称して人々を騙す場合。

これが最も悪質だ。

人々の弱みに付け込んで言葉巧みに自分の思想に誘導する。

彼らの目的の大半はカネや権力、自己顕示欲だ。

この手法は、仏陀・キリスト・ムハンマドから麻原彰晃に至るまで脈々と受け継がれている。

おれがここまで宗教が嫌いなのはこうした魂胆が透けて見えるからである。

まあ騙されるほうも騙されるほうだとは思うが。

 

なに?お前はうがった見方をしすぎだって?

じゃあ聞くが、キリスト教にはなんであんなに宗派がある?

イスラム教も然り。

オウム真理教は広義で仏教の一派だよね??(ヒンドゥー教かもしれんが)

 

そうなんだ。

仏教もキリスト教もイスラム教もその他宗教も、開祖は善意で始めたのかもしれない。

(それでも頭が狂ってるとしか思えないが)

たとえ始めた奴は純粋な気持ちでも、その弟子、そのまた弟子…に伝わるに伴って、自分の都合のいいような解釈が入ってしまう。

要は開祖が「A」と言ったことが最終的に「Z」として伝わっていく。

伝言ゲームを想像してみればいい。

間に入る人間が多ければ多いほど、元の説は曲解され腐っていく。

悪いのは神ではなく、「人間」なんだ。

 

なんども言うが、正月に神様に手を合わせたりクリスマスにサンタさんを待ったり決まった時間にメッカの方向にお祈りしたり、そういうのは別に構わない。

ただそれを拗らせると十字軍になったりウサマ・ビンラディンを生み出したり地下鉄サリン事件に繋がることはよくよく肝に銘じておくことだ。

 

このシリーズ、これにて完結。

 

ではまた。

 


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