日教組と自虐史観


どうも。

 

おれが小学生の頃さ、ある女性教諭が担任だった。

その頃ガンダムの影響でクラスで自分に階級を付ける遊びが流行ってた。

階級の偉さとか知らんからテキトーに○○大佐とか△△大尉とかね。

そしたらその担任がえらい剣幕で「そんな遊びは戦争を美化するものだからやめなさい!」って怒ったの(言い方はもっと子供向けの言い方だったと思うが)。

んでおれらは「なにいってんだコイツ」とか思いながらなんか白けちゃったんでやめたんだよね。

 

この担任はとにかく変な人で、『一億人の昭和史』という昭和の時代だけを切り取った写真集を学級文庫に全巻置いていたし、広島・長崎の原爆のカラー写真集なんかも置いてあった。

あと東京大空襲の写真集とか旧日本兵がやった(とされる)斬首の瞬間の写真とか、沖縄やサイパンの死体の写真までご丁寧に置いてあった。

(『一億人の昭和史』は資料としてよくできているので一読をお薦めする。古本で15巻2000円足らずだ)

この広島・長崎の写真集が強烈で、焼けただれた人間だの炭になった死体だのがワンサカでて来る。

他のも同じで全部死体の写真集である。

そう、おれの教室は文字通り死臭にまみれていたのだ。

が、そこはおれらクソガキはその写真を見ながら「デロデロお化けだー」とか「炭人間だー」とか言って担任を怒らせていたものである。

 

その担任はことあるごとにそういう死体の写真をおれたちに見せ、やれ戦争が悪いだの大日本帝国が悪いだのクソみたいな寝言をこいてた。

またそいつは日教組に入っていて、やれストだ会合だと、なんだかんだ理由を付けて授業をサボる達人でもあった。

おれはそいつの主義主張一挙手一頭足すべてが嫌いだった。

しかしそのおかげて歴史に興味を持ち、山岡荘八の『小説 太平洋戦争』や児島襄の『ヒトラーの戦い』など、様々な文学や資料を読むことができた。

 

そして、一定の真理に至った。

物事は一方からだけ捉えても何の意味もない。

大日本帝国には大日本帝国の、ナチスドイツにはナチスドイツの、英には英の、米には米の、それぞれの理由と思惑があったのだ。

その中で、バターン死の行軍や、沖縄戦や、原爆投下があった。

それら一側面だけを切り取って、「日本に苦しめられました」「アメリカに原爆落とされました」なんてことは言えない。

強いて言うなら、数々の問題を「戦争」という形でしか決着をつける術を知らなかった人間が不幸だった、ということは言える。

 

例えば図形で〇を見せられて「円です」と答えたあなた、あなたは物事を一方からしか見ていない。角度を変えれば円錐だったら△、円柱だったら□なのだ。

 

先の日教組の担任は、ある側面では言っていることは間違っていない。

しかし彼女は〇を円としか見ていない。

そういう人間をおれはこう呼ぶ。

バカ

だと。

 

ではまた。

 

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