クルマで遊ぶやんちゃなガキがいっぱいいた頃。


どうも。

 

今日は少し昔話をする。

断っておくが、今のクルマ文化のあり方を否定するつもりはない。

ただ、そういう時代があったよ、と懐古するだけの回である

 

さて、当時おれの地元には3つのステージが存在した。

1つはちょっとした峠のステージ。

2つめは埋立地にできたドリフトとゼロヨンのステージ。

3つ目は高速道での最高速ステージ(首都高もあったがここでは割愛)。

 

まず、峠のステージだが、これは圧倒的にFF車が速かった。

ZC型エンジンを積んだワンダーシビックや、名機B16Aを積んだグランドシビック、CR-Xなどがバカっ速かった。

スカイラインGTS-tとかFCなんかもいたが、道幅が狭い・直線が短いなどのステージ上の理由もあってホンダのFF車が圧倒的に強かった。

当時は空いてる時間に2~3周攻めて、そのあとは峠の遠くのほうから聞こえてくるマフラー音で車種を当てるようなことをやってた。

 

次に埋立地のステージ。

ここもキッズたちにとっては天国のようなステージだった。

ドリフトは本当に雨後の筍のようにあらゆる交差点でやってた。

当時主流だったのがPS13シルビアで、カネのないやつはAE86とか、そういう色分けがあった。

その頃はとにかくFRであれば何でもよく、GTS-t>K’s>Q’s>AE86というヒエラルキーが存在し、さらにその下にカリーナ(T160)・ランタボEX(ランエボじゃないよ!)・レビン/トレノ(TE71)などが続く。

マークII(X70)で参戦してた猛者もいたな。

しかしだんだんと交差点待ちからのシグナルダッシュでコーナーに飛び込むのが「魅せる」ドリフトのスタンダードとなり、NA車は次第に姿を消してゆく。

やがてS15やJZX100などが主流となり、現在のD-1へと繋がってゆく。

 

ゼロヨンステージは、直線距離をとるのでドリフトほど頻繁には行われていなかったが、開催された日はそりゃもう華やかだった。

当時はまだL型が全盛で、S30やS130Z、サニトラなどがバンバン走っていた。

RB26や2JZはまだ解析が進んでなく、ライトチューン中心だったが、ブーストアップ程度のR32GT-RがカリカリのL型チューンを抜き去るのを見て、時代が変わったんだなーと実感したものである。

そういや低速トルクの鬼のようなアメ車は全然いなかったな。

 

最後に高速ステージ。

ここはもう、GT-R、スープラ、RX-7の独壇場だった。

このステージには結構長い直線があったのでパワーがあればあるほど有利で、日曜朝の最も空いた時間になるとバカっ速いポルシェが3台来るのでも有名だった。

某マンガの「ブラックバード」はあれから来てるのかな?

どっちが先かは知らんが。

 

まあそんなこんなで高速のパーキングに着くと、週末はお祭り騒ぎだ。

走り屋だけでなく、族車もいるしバニング系もいるし旧車軍団もいるしで、クッソうるさいが見てて楽しい場所だった。

 

まあそんなこんなで、キッズが各人思い思いの楽しみ方をしていた時代があったのである。

おれの時代はそんなんだったが、今だったらどうするだろう?

インプかランエボ買うかな。旧式は安いし。

86はまだちょっと高いかな。

 

ま、どんなジャンルでもいいが無理のない範囲でクルマを楽しもう。

 

ではまた。

 

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