自由の覚悟


どうも。

”親の引いたレール”という単語を聞いた人は多いと思う。
安っぽい青春ドラマで「親の引いたレールなんて歩きたくねえよ!」とか使われるアレだ。
よく売れないミュージシャンや芸術家に使われることも多い。

さて、この「親の引いたレール」、本当の意味をご存じだろうか?
要は、親が子供の幸せを思って、有名大学や大手有名企業に就かせたい、と思っての言葉だ。

例えば、あなたが運よく有名大学を出て、大手企業や官僚になったとする。
これが世間の持つ”親の引いたレール”だろう。

しかし、運悪く高卒や中堅大学を出て、中小零細企業で働く。
これも立派な”親の引いたレール”だ。

前者は”親の引いたレール”の本線を走っているのに対し、後者はその支線を走っているだけだ。

これは芸術家、起業家全てに言えることだが、そういう人たちこそ、”親の引いたレール”じゃない道を走っている人だと言える。

とは言え、「私は自由を求めてクルマに乗っています」というのは訳が違う。
結局クルマの走る道路や速度制限や信号機などは誰が定めているんだ、という話になる。

本当に「自由を求める」なら、深い森林や砂漠、海洋など人の手を借りられない場所に飛び込んでいかなければならない。
おれは自由を求めて何度も森林や砂漠、海洋に飛び込んた。

結果、おれが得たのは熊に喰われたり、砂漠で干からびたり、船が沈没したりするだけだった。
それでもおれは難所に飛び込む。

親や社会の引いたレールを走るのがまっぴらだからだ。

おれは親の引いたレールの鉄骨を使って熊をなぎ倒し、鉄の靴を作って毒蛇を踏みつぶし、難破しない船を作る。
あなたにその覚悟があるか?

最終的には友達であれ親であれ、その生き血をすすって生き延びることができるか?
「自由」というのはそういうものだ。

あなた方の使う「自由」は本当の自由ではない。
せいぜいが「道路を走ってます」程度の自由だ。

それが嫌なら、難所に飛び込むがいい。
もしくは自分のレールを引き直せばいい。

すこし遅くなったが、新成人への言葉だ。

ではまた。

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