AIってそんなに偉いか?


どうも。

おれは0か1かの世界が大好きな人間だが、今流行っているAIは絶対に人間に変わることはないと確信している。
今からその理由を述べる。

1)AIは人間が作ったものであること。

AIをプログラミングするのは結局のところ人間である。
人が作る以上、バグが存在しないことは「絶対に」ない。

2)AIが「ある目的」に特化したものであること

将棋や囲碁がやれコンピュータに負けたのなんだの言っているが、それは「将棋」や「囲碁」に特化したプログラムだからである。
囲碁用のAIに今夜のマンチェスターユナイデッドvsチェルシーの試合の予想をさせても、ものの見事に外すだろう。

3)ディープラーニングの複雑性

1で述べたバグや、予期せぬエラーによってAIはどこかで現実世界と乖離する。
しかし、ディープラーニングの網が広がれば広がるほど、それを特定するのは困難になる。

4)AIは結局は人間の手を借りなければ成り立たないこと

AIとは言っても、所詮はコンピューターという「機械」の上に存在している。
コンピューターが故障したら?
停電したら?
経年劣化したら?
結局、直すのは人間である。

まあこのこと自体が人間がAIに「隷属」していると言えばそう言えなくもないが。

5)クラッカーの存在

AIがコンピューターである以上、当然クラッカーの標的になり得る。
はたしてAIはこの攻撃を予測防御しつつ自己修復できるのだろうか?

このように、AIにはいくつもの「壁」が存在することがわかるだろう。
なに?
昔は不可能だと思われていた技術が今は実現しているだろうって?
もちろん、蒸気機関から電気に替わり、インターネットが世界を繋ぎ、電話は驚くほど小型化した。

だが、それらの技術が普及するまでにどれだけの技術がうち捨てられたかを知る人は少ない。
例えば、インターネットの技術1つをとっても、今使われているのはTCP-IPという規格で、かつてはNet-BIOSやAppleTalkなどの様々な規格があったが、それらの技術はことごとく駆逐された。
AIがその「忘れ去られる側」の技術でないと言い切れる根拠はどこにあるのだろうか?

冒頭におれは0か1が好きな人間と書いたが、0.5や2.8といった数を受け止められる人もいるだろう。
おれは単純に「白か黒か」の世界で生きているが、世の中には赤や青やすみれ色など、様々な色が存在する。
世の中はそんなに単純なものじゃない。

main()
{
printf("Hello World\n");
}

ここから始まるプログラム如きが人間様を凌駕することは、絶対にありえないのである。

ではまた。

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